物理的にも、心理的にも、明らかに人間に必要な自然的条件を、極限のところまで圧縮したような特殊な建築空間は、それなりの影響と物心両面におこさせるだろうし、またその影響力こそ、そのような限界空間を生んだ原因であったと思う。宗及や宗湛を相手に、珍品や平站の話をしている限りは、秀吉にとって二畳や一畳半は、さほど狭い空間ではないかもしれない。そこで、今度は、秀吉と宗易とが、この狭い空間のなかで対座したと仮想して、その結果はどうなるだろうかと思ってみた。そのとき、この圧縮された限界空間が、人間の条件に与えたものは何であろうかと想像してみた。

佳水園にしても私はあまり和風を意識しないでやっているのです。あの格子にしてもスイにしても、日本的というよりもむしろ洋風だと私は思っています。あの場合は庇を薄く見せたかったため、 スイの感覚もずっと広くしているのです。昔からのものとは全く違うはずです。その場所、その環境、その機能に応じて表現を異にするだけであって、手法そのもの、ものの考え方はやはり同じではないのですか。

私は日本建築について特別学んだことはない、学校で教わった程度である。全て見よう見まねで覚えたようなもので、関西に住みついて、本物の日本建築を見る機会に恵まれたこと、優れた茶方の宗匠や棟梁たちの仕事を見たことも幸いであったが、私にいくらか日本建築について、もし私流という言葉を許していただけるなら、自己流の道を模索する糸口のようなものを与えてくれたのは泉岡さんではなかったかと思う。次に泉岡語録の二、三を紹介しよう。

一、玄関を大きくするな。門戸を張るな。
一、外からは小さく低く、内に這入る程広く、高くすること。
一、天井の高さは七尺五寸を限度と思え、それ以上は料理か、功成り名とげた人の表現になるので普通ではない。
一、柱の太さは三寸角、それ以上になると面取りで加減したり、ごひら(長方形)する
一、窓の高さは二尺四寸、風炉先屏風の高さが標準
一、縁側の柱は一間まに建て、桁に無理させぬこと、これで充分日本風になるはずである。
一、人の目につかぬところ、人に気付かれぬところ程仕事を大切にして金をかけること。
一、腕の良さを見せようとするな、技を殺せ。

まだあるが、ざっとこの程度である。伝統的で関西風な薄味のする考え方であるが、控えめなところがあり、何でも表そう、訴えようとするのとは味が違う。
蓋し、日本建築の真髄にふれた言葉ではないかと思う。泉岡流の手法は真似られても、作の品格に至っては生活の良さと趣味の高い人だけが持っているもので如何とも致しがたい。